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もじゃりんの日記
│<< 前へ │次へ >> │一覧│ コメントを書く│神を赦すこと
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人間の身勝手、不行跡、悪行の故に、気まぐれにしか奇跡をおこさず、赦しを与えない神を赦す気持ちになることも大切なのだろう、と言っておく。
どのみち、人間の生み出した神という想像物でしかないし、さらに万能という概念は、人間にとって都合のいいものばかりとは限らないはずのことを理解せねばならない。神の超人的な能力に期待しつつ裏切られ、結果的にそれに「負けて」赦しを乞うのは、だだっ子に負けてしまうのと似たようなこと。勝手によい子であってほしいという期待を押しつけても、だだっ子は自分の感情と論理で行動する。そこに主体があるだけ、まだ、だだっ子の方が神よりもマシといえるけれど、逆に扱いにくいともいえる。いいかえれば、神なんてもののあり方は人間側の想像力によって如何様にも変化しうるのだ。 自分で作り出しておいて、それに振り回されている人間。滑稽ともいえるが、それを笑うも自由、笑わぬも自由なのだ。 │<< 前へ │次へ >> │一覧│ コメントを書く│ 一番上に戻る│ |