僕の実家には「身体髪膚受之父母、不敢毀傷、孝之始也」から始まる孝教の言葉が額に入れてあった。それが頭にあったのと、20才くらいで煙草を吸い始めたときに、母親から「きれいに生んだ肺が汚れちゃう」と言われたことがあって、できるだけ体はそのままにしておきたいという観念に縛られているところがある。
まあ煙草は数年前まで続けていたから偉いことは言えないし、怪我もいろいろしてあちこち傷だらけではあるけれど、まあ一応は体はそのままだ。
そんなわけで、ピアスと入れ墨には昔から興味があったのだけど、特に入れ墨は元に戻せないだろうと思うと、どうもやる気がしないでいる。ピアスはやっても構わないけれど、職業柄ちょっと目立つかなと思ってしまう。まあ教師てのは因果な職業で、別に人生の手本であるつもりが本人になくても、他人からすれば模範であるべきだと思われることもあるわけで、あまり真面目に考えていると身動きが取れなくなる。
そこそこ不真面目に生きてはきたのだけど、そんなわけで、いまだにピアスと入れ墨は未体験。数年前に学会であったスウェーデンの研究者は肩のあたりにリング状の入れ墨をしていた。彼女に言わせると宗教的なお守りなのだそうだ。性格的にもざっくばらんな人で気に入っていたのだけど、鬱病になってしまって音信不通になってしまった。いま、どうしているのか。美人だったけど・・。
それはともかく、バンドの人たち、たとえばRedとかSeetherとか見ると、まあど派手に入れ墨を入れていて、ああ、あれじゃ日本の温泉には入れないな、と思ってしまう。あそこまでやりたいとは思わないけど、肩あたりならいいかな、とも思ってる。しかし無意味なものも入れたくないし、別に宗教も信じてないし、誰それ命と入れる気もないし。要するに動機に欠けているわけだ。
ピアスなら、やめれば穴はふさがるというから、やってもいいのだけど、鼻や唇や舌や臍なんかにやる気はしない。やるとしたら耳なんだけど、無理にやることもないだろう、位の気持ちでいる。
そういえば付き合った子たちにはせいぜい耳ピアスがいたくらいで、タトゥーはいなかったなあ。身体髪膚か・・。