Psyche

111030 恨み
 こういう時はまず広辞苑。それによると、

うらみ【恨み・怨み・憾み】 
@うらむこと。にくいと思うこと。竹取物語「人の―もあるまじ」。「積年の―を晴らす」 
A不満足に思うこと。残念に思うこと。源氏物語夕顔「此の世に少し―残るは」。「軽薄に過ぎる―がある」 
[株式会社岩波書店 広辞苑第六版] 

となっているが、今回扱うのは@の方。しかし、広辞苑ともあろうものが、「うらむこと」という定義では情けないが、仕方なく「うらむ」を引く。
 すると、

うら・む【恨む・怨む・憾む】 
#他五# (古くは上二段に活用し、江戸時代には四段活用となった。まれに上一段にも)他からの仕打ちを不当と思いながら、その気持をはかりかね、また仕返しもできず、忘れずに心にかけている意。 
@(相手の仕打ちを)不快・不満に思う。また、くやしくのろわしく思う。万葉集11「逢はずともわれは―・みじ」。古今和歌集恋「きのありつねが娘に住みけるを―・むることありて暫しの間昼は来て夕さりは帰り」。「天を―・むなかれ」「人に―・まれる」 
A恨み言を言う。かきくどく。源氏物語空蝉「小君を御前に臥せてよろづに―・みかつは語らひ給ふ」。平家物語1「まことにわごぜの―・むるもことわりなり」。奥の細道「松島は笑ふが如く、象潟は―・むがごとし」 
B《憾》遺憾に思う。残念に思う。「行を共にする人の無きを―・む」「機を逸したのが―・まれる」 
C恨みを晴らす。仕返しをする。大鏡伊尹「この族ぞう長く絶たむ。…あはれといふ人もあらばそれをも―・みむ、など誓ひて失せ給ひにければ代々の御悪霊とこそはなり給ひたれ」 [株式会社岩波書店 広辞苑第六版]、となっている。

 最近、HCD-NetのSIG-Kanseiのとりまとめもしている関係から、感情と感性の関係について考えている。そして今回は、感情と想念の関係について考えたい。ここでは特に@の定義だ。相手の仕打ちをと括弧にくくられているので、まず何か対人関係における出来事があり、それが認知されていることが出発点となっている。仕打ちというのは「好ましくない取扱」であるから、好ましくないという否定的感情と、それが自己の内部に生起しているという自己認知とがある。つまり、出発点は感情と認知である。
 その感情と認知によって「不快・不満に思う」または「くやしくのろわしく思う」という「思い」がでてくる。これは観念ないし想念である。つまり、一時的に生起した感情が、認知プロセスによって処理され、観念や想念として定着されられている状態、それを恨んでいるということになる。
 感情というのは一般的に一時的でそんなに長くは持続しない。複合的な感情もあるが、多くの場合、時間軸上で質的な変化を起こし、変化が生じた時点で、それ以前の感情は消去ないしは上書きされてしまう。しかし観念や想念は、長期記憶の中に自分の居場所を確保し、持続的に把持される。そして同一の対象に関わる多数のエピソード記憶にリンクして、その内容を豊かに彩ることになる。もちろん豊かに彩るとはいえ、もともとネガティブなものであるから、レインボーカラーのような美しいものではなく、ドロドロとした低明度、低彩度の色になる。そしてこうした観念や想念は、いわゆる通奏低音として、その対象(一般には人間や組織体制であるが)のことを考えるたびに、作業記憶の中に展開され、その概念処理を方向づけることになる。
 感情は人間の行動の方向性を左右するが、こうした観念や想念もその方向性を左右する。いわゆる主体的判断、そして主体的行動に導くベースとなる。
 ここで問題になるのは客観的妥当性の欠如ということ。客観的に考えればさほどのことでなくても、恨みという観念や想念が形成されてしまうと、そんな客観性はどうでもよくなる。さらに、その対象に対して固着する。いわゆるお化けの「恨めしや」の状態であり、何ら合理的根拠がなくとも、恨みは成立する。
 まあお化けなら、その恨みが自己存在の根底となるわけで、それはそれで仕方ないとも思えるが、生きた人間が恨みを抱く場合、その恨みに拘っている時間は、傍から見るとそんなことにかかずらわってしまっていてお気の毒に、と思えてしまうこともある。ただし、そうした恨みの結果として他人に何らかの行動をすることになると、迷惑なことをしでかしてしまうことにもなる。対象となっている人物や組織体制などにはそれなりの原因となるもの、恨む側からすれば「非」があるのだが、もう少し陽性に「怒り」として発散してくれた方がシンプルで良いように思われる。
 英語にも恨みに該当する表現はあるようだが、ちょっと日本語の恨みとはずれているようにも思う。

〔怨恨〕 a bitter [an ill] feeling; hard feelings; a grudge; bitterness; resentment; 〔憎悪〕 (a) hatred; hate; rancor; 〔敵意〕 enmity; hostility; 〔悪意〕 ill will; malice.
先祖代々の恨み
a legacy of hatred [ill will].
恨み重なる敵
one's bitterest [mortal, deadly, sworn] enemy
恨み骨髄に徹する
bear sb a deep-seated grudge; hate sb from the bottom of one's heart.
…に恨みがあって
through ill feeling [malice, bitterness] against…; out of spite for…
いったい私に何の恨みがあってこんなことをするのだ?
What have you got against me that you're doing this sort of thing?
恨みに思う
feel [be] bitter 《against sb》; hold a grudge 《against sb》; hate [resent] sb. [= うらむ1]
恨みに報いるに徳をもってせよ.
Requite a wrong with a kindness. | Return good for evil.
恨みを抱く[持つ]
bear sb ill will; have [bear, harbor, feel, cherish, nurse] a grudge against sb; harbor enmity against sb; have a score [an old score, old scores] to settle with sb; 《口》 have it in for sb
恨みを買う
incur sb's ill will [enmity, hostility, resentment]; make an enemy of sb
彼の大臣就任はきっと競争相手の恨みを買うことになる.
I'm afraid his promotion to ministerial rank is bound to cause resentment among his rivals.
恨みを晴らす
vent one's spite; be avenged; avenge oneself; revenge oneself [be revenged] on 《sb one hates》; take one's revenge on sb; pay off [settle] old scores with sb; get even with sb
この恨み, 晴らさずにおくべきか.
There's no way I'm going to leave this score unsettled.
恨みをのむ
repress [suppress] one's bitterness [resentment, hatred]; 〔侮辱されて〕 pocket an insult
恨みを忘れる
forget one's grudge 《against…》; forgive (and forget)
君に恨みを受ける覚えはない.
I haven't done anything to deserve your enmity [hostility].
われわれは彼に対して何の恨みもない.
We have no rancor [grudge, hatred, ill will] against him.
食べ物の恨みは恐ろしい.
A fight over food tends to be ferocious.
逆恨み ⇒さかうらみ
恨み顔 a look of resentment [hatred, hate, malice, hostility].
[株式会社研究社 新和英大辞典第5版]

 恨みを抱くのも抱かれるのも避けたいものだが、感情は合理的なものではないから、当事者間での認識に差異がでてくるのは自然な成り行き。そうなると、いわゆるホラー映画のようなアンバランスな状態が発生し、恨まれる側には恐怖心が生まれてしまったりする。「え、そんなひどいことをした覚えはないのに、なんでそんなに恨まれなきゃいけないの」ということである。
 こんなことを考えていると、感情、認知、感性、観念・想念といった処理プロセスのなかで、恨みというものはかなりややこしい面倒なものだといえるだろう。


110730 個人差
 いや、まったく個人差というやつには手こずる。同じような状況で同じような刺激を与えても、怒りだす奴もいれば、笑って済ます奴もいるし、まったく気にしない奴もいる。感受性のレベルもあるだろうが、そのタイプの違いということもあるのだろう。しかも個人差だけでなく、個人内差もあるから厄介だ。眠たいときには普段なら気にしないことでも怒り出したりするし。まあ、賢い人ならそこまで察した上で行動するのだろうけど、僕なんかは愚人だし、そうした行動の相違や変化を面白がってしまったりするから、まあたちが悪い方なのだろう。
 さらに、そのようなパターンはまさにパターンというべきもので、同じ人間だと同じような状況で同じような刺激に対して(個人内変動も含めて)だいたい同じように反応してくる。僕には、そうしたパターンを予想しながら、少しちょっかいを出して楽しんでしまうようなところがある。そうした時、人間というのは、あまり変化しないもんだなあ、とも思う。僕自身はそうした反応パターンを複数持っているつもりで、時と場合によって同じ相手の同じような行動的刺激に対しても、違った反応をしてみることがある。それによる相手の出方が興味深いからだ。
 また攻め方によって、出方が変わってくることもあり、なかなか興味深い。寝ている時に足の裏をくすぐるにしても、その状況設定によって、怒りだすこともあるし、可愛く反応してくることもある。憎たらしいと思っている奴やアホじゃんかと思っている奴でも、それなりにパターンを考えて行動すると、それなりに予期したように行動してくると、まあ可愛いもんだという気がしてくる。手こずらせやがって、と思いつつも、まあ人間の標本としては面白いもんだと思わせてくれる。周囲にはそうした標本が沢山いるから、飽きることはない。いいかえると、そろそろ標本の多様性も尽きてきたのかなあ、とも思う。新鮮さを与えてくれるような人はいないだろうか・・。
 しかし、いつもそうやって楽しんでいるわけではない。普通に真面目に仕事している時の方が圧倒的に多くて、こちらの方に暇なことする余裕が少ないからだ。


ここには、人間心理について、日常的な場面で考えたことなどを書いてゆきます。